真の教育

人は己に甘く優しく、他人(ひと)に厳しくなるもの。

人は他人(ひと)を想う時、私意・私欲・私心が混じり、全くの私情を挟まぬことは無し。

厳しさなるは難しきもの。

相手の為と思いても、己の独善、厳しさの裏の傲慢さ。

相手の欠けを責めることなく、相手の中の鏡に映る己の欠けと弱さと傲慢さを見よ。

人には皆欠け有り。神は人それぞれお互いに助け合うべく創られり。人間も動物も植物も、宇宙万物全ての命は、助け助けられ循環し生かされる仕組みなり。完璧であれば、助け合う必要無し。

己の欠けを認め、謙虚なれば、素直に人の助けを求め、感謝もでき、穏やかなる関係築き、正しき循環なされる。

互いの愚かさを認め、愛でて、広き心にて包めよ。

命息吹かす源は、温かなる想いこもる言葉や柔らかさ

や優しさなり。

相手の心がまだ十分に潤ってなく耕されてないのに、種を撒いても、いい芽は出ぬ。

整うには、それなりの時間が必要でありタイミングがある。

邪魔になる根っこを掘り起こし、心の荒地を耕し、瓦礫(がれき)や汚れを取り除き、整えて整えて、しっかり耕してから、大地に水を浸透させ、潤わせ、風を読み、日差しを読み、時節を弁(わきま)えてから、漸(ようや)く一粒ずつ丁寧に間隔を踏まえてから、種を植え込む。これを教育という。

心を清め、高め、人と手を取り合い、和し、順序秩序を重んじ守りゆくことを教え育むことが、真の教育なる。

恵みを惜しまず、与え尽くし、この世を豊かにする自然を見よ。自然を師とし、真理・智慧という生命湧き出ずる泉となりて、愛の光と愛の言霊を降り注げ。花

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